他人の空似

創作小話やネタなどをだらだらと。

夜明けの烏(2)

 走る音が聞こえて目が覚めた。体にはいつの間にかジャケットがかけられていた。入室とともに八咫がフックに掛けたものだ。時間を確認すれば三十分ほど経っている。対面に座っている冴は既に資料に目を通し終えたようで、テーブル上には紙束が置かれている。コーヒーも飲み終えたのかカップは空になっていた。
「すまん寝ていた」
「こちらも丁度読み終えたところです。お待たせして申し訳ありません」
「いい。ところで廊下の方が騒がしいな」
「それはーー」
 冴が言い始めようとすると、同時に開かれる扉。顔を覗かせたのは喜色満面な顔。
「おっはようごじゃまーす!!」
 キンキンと耳鳴りがしそうな程の声。八咫と冴は不快感から顔を顰める。
 姿を現したのは冴と同じ制服に身を包んだ少女が三人。背が高く赤いカチューシャをかけた少女と長髪で色白の少女、それと今この部屋の中で一番五月蠅い少女だ。
「遅れてすみません!!ほんっとうにすみませんでした!!!マジですみません!!」
 どうやら遅れてきたことについて頻りに謝り倒しているようで、頭を何度も振っている。

「社長の所に行ったら冴と八咫さんはもう行っちゃったて聞いたから焦ったよ!!ごめんね!!」
  大声で訴えるのはいいが今にも泣きそうな顔に八咫は狼狽えていた。ただでさえこの部屋に来るのは仕事関係の人間のみ。八咫より遥か年の離れた子供が来ることは初めてと言ってもいい。子供のような大人と関わった事は多々あれど、子供と直に関わった事はほぼない。

「司佐、遅れたことに関しては八咫さんも私も怒ってないので、先に自己紹介をしろ」

 冴が未だに謝罪を続ける少女をなだめながら言うと目線で八咫を示す。八咫は少しだけ平静を取り戻すと頷き返す。

「では、私からね」

 今まで事の成り行きを見守っていただけだった長髪の少女が名乗り出る。

「紹介が遅れて申し訳ありません。私は蓬生花楓です。この近くの大郷高校の三年です」

「あ、あぁ……」

 自信たっぷりといった風に話す彼女、花楓はにこやかに言うと八咫に微笑みかける。初対面の人間ならば警戒心を抱かないだろうが、八咫にとっては鋼鉄の仮面のように見える。

 同じ仲間として彼女を警戒はしていないが、花楓の方からは警戒されまくっているといった感じだ。

「ウチは総醐志鳥っていいます。蓬生と同じで大郷高校の三年です、クラスは違いますけど。よろしくお願いします」

 次に話したのはカチューシャの少女だが、口調は気だるげで覇気がない。眼鏡の奥の瞳は濁っていて何を映しているのかわからない。

「はいはい!!次私!!」

 先ほどまで謝り倒していた少女が今度ははつらつと手を挙げて主張している。冴が手を振り促すと意気揚々と話し始めた。

「朝霧司佐です!大郷高校二年B組の二番です!よろしくお願いします!!」

 何というか、若さを象徴したような少女だ。悩みなど皆無で明日への希望で満ち満ちているような雰囲気。司佐はキラキラと光る眼で八咫を見つめる。それこそ、穴が開くほど見つめている。

「最後に私が……」

 司佐の目線をそのままに冴が話し始める。八咫は視野外からの視線をひしひしと感じながら冴へと意識を向けた。

「彼女たちと同じように大郷高校の三年生、糸川冴です。本日から宜しくお願い致します」

 深々とお辞儀をしながらいう言葉は真面目で、年頃の少女には似つかわしくない。

 八咫は少女たちの話を聞いてこの先やっていけるのか不安になってきた。今まで多くの部下を統括しては来ていたが、彼女たちほどバラバラで高校以外なんの共通もなさそうな者たちをこれからどうやってまとめ上げていこうか頭を抱える。

 それに、新しく来た三人も冴と同じく人間とナニカが混ざったような気配をしていた。

 「八咫礼士だ。よろしく頼む」

 

「それで、状況は理解できたな」

 八咫は彼女たちを来客用の椅子に座らせると事件のあらましを話した。気分は教師だ。

「宗教団体ですか……」

 花楓が小さく呟く。表情は変わらず微笑んではいるが醸し出す空気は冷たい。

「解決にあたり君たちの能力について聞きたいのだが、教えてくれないだろうか」

 彼女たちはお互いの顔を見合わせる。

「私は人間じゃなくて八咫烏っていう足が三本あるカラスだ。カラスの姿になれるし、鳥の言葉もわかる。八咫烏の特性上《導く》ことが得意だ。基本的には連絡係をしているな」

 八咫烏――日本神話に登場する三本足の烏。熊野の山で道に迷った神武天皇を大和の地まで送り届けたことで知られる。もっとも実際に神武天皇を案内したのは違う八咫烏で、彼は合ったことがない。

 現代では導きの神や太陽の化身とされているが、裏世界ではただの馬鹿でかい烏という認識だ。弱肉強食の裏世界で、特別な殺傷能力を持たない八咫烏は全くと言っていいほど信仰されていないし有名でもない。

 信仰されていない神は俗に言う信仰落ちの憂き目にあう。八咫烏も例外ではなく、本来の導きの力は大幅に低下しており、神聖さは失われほぼ妖怪と変わらない。姿も人型を保つのが精いっぱい。五百年前ならまだどうにかなったはずだが、二千年代の今では再び信仰によって力を得るのは絶望的だ。

「私のは【まだ見ぬ地平の彼方へ(イミテスター) 】、周囲五メートル以内の大気を操れ「こういうのってなるべく手の内を明かさないのが一番なのでは?」

「……そうかもしれないが、これから私たちはチームで活動する。協力するのならばお互いの特性くらいは知っておいた方が任務がいいのでは」

  花楓が異を唱えるが冴は否定する。強い意志のこもった眼で話す姿は変わらず固い。花楓は迷ったように視線を彷徨わせる。

「私、私、私!!私のは【混沌と狂気の支配からの脱却(ナイト・デストラクション)】っていいます!何でもなれますよ!」

「ウチは【九つの剣(ユドラシグル)】です。必中必殺の剣です」

「貴方たちも……」

 司佐と志鳥も続けて自分の能力を伝える。その様子に花楓はますます笑顔をひきつらせた。

「君が言わないのであれば、私から話す。それが嫌ならチームから抜けてもいい。好きな方を選べ」

 冴が助け舟とばかりに言う。他の三人はもう話したので、これは八咫の下につくかの意思表示ととってもいい。八咫はここで花楓が抜けても文句はなかった。

「抜けるのであれば私の方から社長に――」

「いいえ、大丈夫です。ちゃんと話します」

「いいのか?」

「他人に言われるくらいなら自分から話します。一度頼まれたのを反故にするのも私の性には合いませんし……」

 にっこりと微笑む顔は怒っているように見える。

「私の能力は【竜の嘆きは未だ聞こえず(ドグラ・マグラ)】、元は竜種ですので竜になれます」

「竜種!?」

 竜種とは、幻想種の中でも最強かつ無敵と言っても差し支えない実力を持つ種族だ。その鱗にはすべての攻撃からの耐性があり、個体によっては自動反撃を備えている。攻撃面でも他とは比肩できない。強力な息吹は岩をも溶かし、全長数十メートルからの一撃は鋼鉄ですら相手にならない。文字通り生きる要塞。近代では個体数が少なく今生で会えるのは運だ。

「竜種と言っても千差万別、私は竜の中でも飛竜ではなく地竜ですけどね」

 竜にも人種の様に種類がある。翼を持ち空を飛べる飛竜と飛べはしないが陸地を高速で走れる地竜がいる。それぞれが空と陸の頂点に君臨するといっても過言ではない。

 実力によっては八咫の上司の善久の更に上司、御鬼の王多前門愼夜でさえも容易には手出しできない。そんな相手が自分の部下になる事に八咫は胃が悲鳴を上げる声が聞こえた。

 無理にとはいえ話してくれたこと感謝を言いつつ花楓と握手を交わすが、内心は荒れに荒れまくっていた。

「てかてか、八咫さんめっちゃ良いんですけど!!」

「は?」

 突然言われた言葉に疑問符を飛ばす。良いとは一体何が良いんだろうか首を傾げた。

「ボスに言われたときは嫌だったけど、八咫さんなら良いかな~!」

「お前、KYすぎだろ……」

 志鳥が白い目で見るが司佐は変わらずだらけた笑顔を八咫に向けている。

「それはどういう意味だ?」

「顔も良いし声も良い!それに部屋だって良いですし!良いトコだらけですね!」

 さっきから良いしか言わないが、八咫には彼女が悪い意味で話しているようには感じなかった。

「冴、彼女はいつもこうなのか?」

 四人の中で一番話しやすい冴に聞くと、彼女は首を縦に振った。

「司佐の口から悪口やネガティブな言葉は聞いたことないです」

「そうなのか」

  見た目は真面目そうな優等生タイプだ。首元まで絞められたシャツにきちんと絞められたネクタイ、あまり頭が良くなさそうではあるが身なりはちゃんとしている。

 他の三人はアクセサリーや学校指定外のセーターを着用している。冴に至ってはブレザーを脱いで腕まくりまでしている。

「(でも、これはなぁ……)」

 チームとしては始動したばかりだが、早くも八咫は頭を抱え始めた。

「とりあえず今日はもう遅いから君たちは帰りなさい。これからのことは私の方で考えるから、明日は17時半頃までには来てくれ。予定を開けておく」

「わかりました」

 時刻は19時を回っていた。外は薄暗く、野外の街頭は既に点灯している。

 八咫は席を立つと、少女たちも立ち上がる。彼女たちは荷物をまとめると口々に退室の挨拶をする。司佐だけには「八咫さんありがとうございます!」と声をかけられたが、どう返せば正解なのかわからなかったので普段部下にするように右手を上げる動作のみで終わらせた。

 彼女たちの足音さえ遠のいた頃、椅子に深く腰掛けると長く息を吐いた。普段使わないような神経をすり減らした気がする。

「どうすりゃいいんだ……」

 チームはバランスが命だ。例外として一点のみに集中させた特化型のチームも存在するが、このチームは別だ。経験が足りなさすぎる。本来ならば偵察、戦闘、補助と自分の役が明確なチームが理想的だが、八咫を合わせて5人のチームであってもバランスが取れない。

 八咫が偵察、戦闘、補助を一人で担えるとしても、彼女たちは別だ。

 冴は戦闘、補助は可能そうだが周囲五メートル以内という範囲があるせいで偵察には向かない。

 司佐は変身できるとのことであるが、どの程度の変身かは聞いてはいない。表層のみであれば、情報収集ができそうであるし、能力の程度次第であれば戦闘や補助ができそうだ。

 志鳥に関しては、必中必殺の剣なら戦闘のみでしか扱えない。

 花楓も名前からして竜に関係する能力なのは明確。竜になれるのであれば戦闘で活躍してほしい。

 八咫と司佐が偵察や情報収集を行い、志鳥と花楓を中心に戦闘、補助は冴が行う方が現実的だ。

「とにかく明日は模擬訓練か……」

 今日は満月で、外は煌々と月明かりが照らされていた。

 

「剣と竜って、戦うときどうすればいいんだ?乗るのか?ドラコンライダー?」

 八咫の夜はこれからだった。