他人の空似

創作小話やネタなどをだらだらと。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse④

 

 そもそも、俺たちはそんなに仲良くなかったな。

 

 腕時計で時間を知ると既に14時が近づいている。あの女、“105番”と言った女は謎だけを残していなくなっていった。胸のもやもやをしまいつつ空の弁当箱を回収して階段を下りていく。

 オフィスは昼休憩から戻ってきた人で賑わっていた。上司の席には本人が既に座っていた。自分の席に鍵付きで閉まった頼まれた書類を出す。最後にざっと見直すが枚数、誤字、文法、書式には誤りはなさそうだ。

 右手に携えながら上司の席に近づく。上司はラジオを聴きながらパソコンに向かっている。やっと仕事を始めたのだろう。

「お時間よろしいでしょうか」

 お伺いを立てると上司は右耳のイヤホンを外しただけだ。

「頼まれていた書類できました」

「ああ、どうもね。そこ置いてて」

 指さされたのは処理済みの書類置き場。そこに置くと上司はひらりと手を振るのみで目を合わせようとしない。確認せずに置くとはチェック体制甘すぎるだろ、と思うが言ったところでどうにもならない。確認はしたがもし間違いがあったら、怒られるのは俺なのにな。

 自分の席に戻ると隣の奴から声がかけられた。暮橋遥という男は俺の同僚で、年が近いこともあってこの職場の中では唯一気の置けるやつだ。

「天才様は大変だな。皆から書類押し付けられて」

 そう笑いながら揶揄するが目線はパソコンから離さずに文字を打ち込み続けている。

 俺と同じようにこいつも誰かから書類の処理を押し付けられたのだろう。机の上には未処理の束がある。

「お前こそ押し付けられたのか」

「まあね。あのお局様、断ったら超コエ―の」

 お局様こと矢島清香。彼女はこのオフィスの中で一番発言力のある人だ。俺の糞上司だって逆らえない。そもそも彼女は本社から来た所謂本社組のエリート。本来ならここにいるはずがないのだが、本社で何かやらかして左遷されたと専らの噂だ。

「目をつけられんなよ」

「頼まれている時点で無理じゃね?」

 暮橋は顔だけ見れば美形の部類に入る。だがその顔は寝不足や偏った食事で色が悪いが。前々から矢島さんから書類を頼まれることはあったが、最近では毎週のように頼まれているように思う。

「それもそうだな」

 矢島さんは外回りだが、やるのは大手との取引だけで中小企業は他の人間に任せてる。ただ、手柄だけは取っていくのはお決まりだった。

「でも、お前の方が大変だろ、それ」

 暮橋が指すのはまだ机の上にある書類の山。朝よりはだいぶ減ったがそれでもまだある。

「別に、いつものことだろ」

「さすが天才様」

「それやめろ」

 天才様、暮橋は時々俺のことをそう呼ぶ。曰く、仕事を終わらせるのが天才的に早い、とのことだが、俺にとっては不本意極まりない呼び方だ。俺が早く終わるのはただ単に慣れただけだ。仕事を押し付けられるのに慣れただけだ。

「お前もあと二年したら俺みたいになれるよ」

「それは勘弁だなー……」

 暮橋は苦々しく言った。

 彼との会話はそこで終わった。俺も椅子に深く腰掛けパソコンを立ち上げる。残りの書類は17時までと目途をつける。それまでに終わらなかったらそれまでだ。締め切りまではまだ時間がある。どうせ明日も何か押し付けられるんだ。諦めて目の前の仕事に集中する。

 それから仕事が終わったのは21時過ぎだった。オフィス内の社員はみんな帰ってしまっていた。もちろん、隣の暮橋もいない。たしか途中で帰るといわれた気がしなくもないな。

 押し付けられた書類は押し付けた奴の机の上に置き、最後の一人なので戸締りの確認をする。

「お疲れさまでした」

 誰もいないオフィスにそう声をかけると照明を消していく。真っ暗になったオフィスを確認すると閑野は1階まで下りていく。終電まではまだまだ時間があるのでゆっくりで大丈夫だ。

 伊波が言うには今日の夕食は肉らしい。外食をしてくるなと言われていたのでその通りにする。遅い昼食をとってから何も口にしていなかったので腹からは切ない音が鳴る。俺はゆっくりだった歩みを早めると電車に乗り込む。

 “105番”

 昼休みに言われた言葉、伊波と瓜二つの顔と声、伊波の名前を知らないようだったが何か知っているような口ぶりに胸がざわついた。

「帰ったら何て言えば……」

 どう切り出せばいいのかを考えながら、俺は電車に揺られ帰路に就いた。