他人の空似

創作小話やネタなどをだらだらと。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse①

 

 ある日、見知らぬ女の子から同棲を強制された。

 
「これ、なんて書いてんの?」
「どれ?」
「これ、この缶に書いてるの」
 彼女が手にしている缶には色とりどりのフルーツが印刷されている。裏の印字には特に難しい文字は書かれていない。俺は缶を受け取ると読み上げる。彼女はそれを聞くと、好きなフルーツじゃなかったのか読んでいる途中なのに俺の手から缶を引ったくり棚に戻した。
 俺はまたかと思うと食卓に着く。テーブルの上には朝食が置かれている。俺が作ったのではなく、彼女が作ったものだ。「いただきます」というと、彼女からは「どうぞ」と気の抜けた声が聞こえた。白米になめこの味噌汁、さわらの塩焼き、付け合わせは白菜の漬物だ。味は薄味だが十分おいしい。
 食べながらここ最近あったことを思い出す。
 路地裏で出会った女の子は文字が読めない。さっきの缶の文字を俺に読ませたのも、缶に書かれている文字が読めなかったのだ。現代社会では文字が読めないことは生きにくい。新聞、テレビのテロップ、本、説明書、文字にかかわるすべてが認識できないようだ。そこには数字も含まれているので大変だ。このことを知ったのは、彼女と出会ってすぐのことだ。
 彼女は自分の名前を説明することができなかったのだ。読みはわかるが、どんな文字でどういう意味を持っているのかすらわからないかったらしい。
 
「いなみ」
 
 彼女は自分のことをそう言った。
 イナミ、印南、稲見……。字はいろいろあるが、そもそも名前なのか苗字なのかすらわからない。
 彼女はどうでもいいといった態度だが、(強制的にとはいえ)同棲するのに名前がわからないというのは不便だ。彼女は明らかに面倒くさそうな顔をしているが俺は考えた。
「伊波、だな」
 いなみ、改め、伊波。理由は特にない。字面の良さからつけた。
 彼女は変わらず何やってんだと白い目で見ていたが、結局は自ら伊波と名乗るようになった。
 伊波とは俺が彼女に使っていない部屋を提供する代わりに、朝昼晩の食事と家の掃除に洗濯など、家事全般をやってもらう。彼女はそれを了承し同棲が始まった。
 彼女が文字を理解できないと知ったのはそれからすぐのことだった。
「今日はどうなんだ?」
「遅くなる」
「またか」
「またか言うな」
「お前のところ、労働環境どうなってんだよ」
 いつか死ぬぞ。と言われたが、簡単には死ねないんだよな。残業月100時間なんてざら、休日出勤にサビ残も普通にある。同僚は人手が足りないと嘆いていたが俺たちにどうしろというのだ。人がいないのは人事の問題だろうに。
「お前が良いならいいけど」
 黙ったままの俺を見て伊波は朝食の代わりのコーヒーを飲む。
 俺の分の朝食はちゃんと作っているようだが、伊波は毎食コーヒーのみだ。俺の知らないところで食べているのならいいのだが。それにしても伊波は細すぎる……。
 
「今日は肉だから外食すんなよ」
「はいはい」
「怪我すんなよ」
「……ありがとう」
 玄関先での会話だが、伊波はハンカチに包まれた弁当を持ってきた。中身は何か問うと、白米と魚、としか言われなかった。
 玄関を開ければ暑い日差しと熱気が襲ってくる。一気に仕事に行きたくない気持ちが膨れ上がってきたが何とか抑え込み扉を閉める。伊波は既にリビングに戻っていた。