他人の空似

創作小話やネタなどをだらだらと。

CCC!!/Crash and Crisis in the City④

 

 初めましてお父さん、さようならお母さん。

 

 裏庭に出た時と同じように扉をくぐると食堂につながる。食堂は広く10人ほどが座れそうな長いテーブルが部屋の中央に置かれている。

「あら、もういたんですね」

 有栖川がそういうとテーブルにはもう2人が席についていた。

 茶髪のチャラそうな男と、中学生ほどの年の少年だ。

「奥の方が相坂さん、手前の男の子が前園君。相坂さんは壱〇六号室、前園君は壱〇九号室ね」

 チャラい男が相坂、少年が前園らしい。

「他の人は?」

「ここにはまだいないから、きっと遊技場ね。足立さんは壱〇参号室、支倉さんは壱〇七号室ね。あんまり話したことないけど、面白そうな人よ」

「あれ、壱〇八号室の人は?」

「その人は会ったことないから、多分これから来るんじゃないかな」

 有栖川は前園に近づくと声をかける。

 前園は近づいてることに気付くと席を立つ。

「おはようございます、有栖川さん」

「おはよう、前園君」

 挨拶を交わすと、前園は私の方を見る。

「今日来た、遠江董子だ。よろしく。壱〇五号室だ」

 当たり障りのない挨拶をすると、前園の方もよろしくお願いします。と話す。

 私たちが隣り合って座ると、視線を感じる。視線の主は相坂だった。

 目が合うとにこりと人の好さそうな顔をする。

「よろしくね」

 相坂はそう言うとこちらに手を振る。それに気づいた有栖川は私の手を引く。

「相坂さん、女なら誰でもあんな感じだよ」

 チャラいうえに誑しなのか……。

「君はどうしてここに来たんだい?」

「は?」

 相坂は興味津々と言った風に話しかけてくる。しかし、どうしてここに来たと言われても、私には答えることはできない。あの女に言われてきた?却下だ。私のプライドが許さない。自分で決めたことならまだしも、誰かに言われてきたなんて言いたくはない。

「ただの芸術家よ」

「へぇ……」

 相坂は意味深な顔をすると有栖川の方にも顔を向け、君は?という。

「私は機械に強いだけよ」

 有栖川は心底煩わしそうに言うと視線を外す。

 あの女から渡されたUSBメモリには、この私の仕事内容とこの場での立ち位置しか入っていなかった。ここに集まった人間は老若男女、腕利きの技術者ばかりで私も技術者としてこの場にいる。実際は機械など扱えないがそのことを知っているのは、私と遠江とあの女だけだ。

「でも、こんなに人を集めて何をするんでしょうね。社長自ら僕たちの実力を見るにしては、なんか違うような気がするのですが」

「それもそうね……。私たちのことを知りたいのなら、適当なプログラムでも吹っ掛けて来ればいいのに、なんか別のことを品定めされてるみたいよね」

 有栖川と前園はそう言うと二人してこの集会の意味を考えているが、そもそもそんなことは関係ない。この集まり自体に意味はないのだから。しいて言うなら、社長である嘉藤喜久が会いたいが為に呼んだ集まりだ。

「あら、もう昼食の時間ね」

 時計を見れば12時を少し過ぎたころ合いだった。

「おや、まだ4人しか集まってないのか」

「俺たちが最後だと思ったのにな」

「足立さん、支倉さん……」

 声がした方を見れば体格のいい男が二人並んでいた。私たちが来た扉とは別の扉から入ってきた。片方は短めの髪を後ろへ撫で付けた髪型をしており色黒、もう片方は癖の強い茶髪を1つに結った無精髭の男だ。

「他の奴は?」

「須賀さんのこと?彼ならそろそろ来るんじゃないかしら」

「先に食っちまうか?」

「すぐ来るだろ、少し待ってような」

 男二人は相坂の反対側の席に隣同士で座った。

「……あの人が足立さんと支倉さん?」

「ええ、そうよ。色黒なのが足立さんで、茶髪なのが支倉さんよ。2人とも、私の後に来たんだけど初対面から意気投合しちゃってずっと遊戯場で遊んでるのよ」

 2人は遊戯場での内容なのか楽し気に話している。

「遅れました」

 今度は私たちと同じ扉から須賀が入ってきた。後ろには使用人の渡井が一緒にいる。初めて声を聴いたが中々のいい声だった。イケメンは声までもイケメンなのか。

 須賀は相坂の隣に座る。丁度、須賀と支倉の間に1席空いている。

「後誰だ?」

「今いるのはこれで全員のはずですよ」

「部屋数で言うなら後1人は増えますね」

 前園が言うとおりになれば壱〇八号室に入る招待客が来るはず。

「それでは、皆さんお揃いになりましたので昼食にいたしましょう」

「マジかよ」

 厨房らしき扉から現れたのはあの女、蓬生花楓だった。思わず嫌な顔をしてしまったがあの女はそれをスルーした。

 女の言葉を合図に厨房の扉からは続々と使用人たちが出てきては料理を並べていく。私の前には豪勢な肉料理が置かれた。

 皿の上には分厚い肉が置かれ、左右にはフォークとナイフが並べられる。

「これは……」

「おや、お肉はお嫌いでしたか?」

 振り返れば後ろにはあの女がいた。前にも似たように後ろをとられたな。

 女はニヤニヤと厭味ったらしく笑うと肉が乗っけられた皿を下げようと手を伸ばす。

「いや、肉は大好物だ」

 意趣返しのつもりで腕を撥ね退ける。女はつまらなさそうに「そうでしたか」というとさがっていった。

「トウコちゃんってあの使用人さんと知り合いなの?」

「いや、知り合いっていうか......ここまで案内してくれた人かな」

 嘘は言ってないな、うん。

「アンタ、俺たちの他に誰か来るか教えてくれないか」

「今回ご招待したのは皆様で全員です」

「ならとっとと始めてほしいもんだな……」

「申し訳ありません。夕食時には社長自らお見えになりますのでもうしばらくお待ちください」

「はいはいわかったよ」

 足立は苛立ち気に言うが女はにこやかに言う。

 しばらく忘れていたが、真紀に食べ物を持って行かないとな。

「ごめん、私は部屋で食べるわ」

「具合でも悪いの?」

「なんだか疲れたみたいだから、部屋で休んでるよ」

 そう言って使用人に後で部屋に食べ物を持って来るように頼むと私は部屋に戻った。

 来た時とは別の扉、足立と支倉が来た扉とも別の扉から出ると大広間に繋がっている。広間にはソファチェアや調度品、よく分からない壺や絵画が配置されている。

 その中を1人で進む。

「何の用?」

「おや、わかってしまいましたか」

 そう何度も後ろをとられると私の立つ瀬がなくなる。

 女は何が面白いのかクスクスと音をたてながら笑う。

「用がないならあんまし関わらないでよ」

 不快感を込めて言うが女は意に介さない。どんだけ心臓強いんだよ。日本人ってもっと謙虚じゃなかったのか。

「失礼、貴女の反応が面白くてつい。いえ真面目な話、貴女のお耳に入れておいた方が良いことがありましてーーーー」

 

「壱〇八号室に入る予定だったお客様が遺体で見つかりました」


「発見したのは貴女のお連れの方ですね。確か遠江真紀様でしたね」
「真紀が……」
「ええ、死んだ方は後藤輝幸様。元はこの集まりで撮影を頼んでいたカメラマンです。発見場所は屋外のプールで。真紀様によれば、裏庭を歩いて居る時に飛び込む音がして様子を見に行くと既に死んでいたそうで」
「そうか」
「今はお部屋にてお休みいただいております。災難でしたね」
「このことは?」
「一部の使用人以外とお客様には知らせていません。遺体は回収済み。死因は紐状のもので絞められた絞殺かと」
「そうか」
「お部屋に戻られますか」
「そうするよ」
「夕食はお部屋にお持ちしましょう。皆様には体調を崩されたと話しておきます」
「頼むわ」
 振り返り部屋に戻る。ついてくる気配はしない。そのまま黙々と部屋へと向かいカードキーで中に入る。
 中では半泣きになっている真紀がソファに項垂れていた。見るからに憔悴しきっている。
「大丈夫か」
「俺は大丈夫だけど……」
「お前はもう休んでいろ」
 背中をなでながら話せばようやく肩の力を抜いた。
「ベッドは使っていい、夕食は部屋に運ばせる」
 真紀はありがとうと言うと昼間だがベッドに横になる。
 日が沈むまで隣にいれば寝息の音が聞こえてくるようになった。
 窓からは月明かりが差し込み、裏庭の様子がよく見える。
 周囲は不気味なほど静かだった。

CCC!!/Crash and Crisis in the City③

 

 手を差し伸べたって誰も来ないよ。

 

「マジか」

 青い空に白い雲、ここが海辺なら最高なんだが……生憎ここは高層ビル、K.T社の本社ビルの最上階だった。先日のあの出来事から三日程経ったが、あれから蓬生とかいう女は会うことはなかった。会うことがなかったが同僚と思しき女はずっと近くに感じていた。

 喫茶店で暇をつぶしていたら、いつの間にかUSBメモリがテーブルに置かれていた。公園のベンチで寝ていたら足元に置かれたりとしていた。その度にUSBメモリを壊していたが、何度もするのが嫌で半ば根負けした感じだった。

「快く受けていただきありがとうございます」

「マジか」

 後ろにいつの間にか女がいた。それも蓬生花楓だ。女は恭しく礼をするが私には慇懃無礼な態度にしか見えない。

「お前らがしつこいから来てやったんだよ」

 言外に感謝しろと伝えるが、女はとぼけた様子だった。

「まあまあ、結局は来てくれることになっていましたよ」

「は?」

 女は私の隣を過ぎると最上階に建てられていた建物に向かう。

「どうぞ、お連れの方もこちらに」

「マジか」

 隣の男は震えながら私の腕を掴んでいた。本当にここに来なきゃよかったと早くも後悔し始めた。

 

「入って正面のフロントには使用人が控えています。何かあればここに来ればいいでしょう。右手には広間と食堂、左手にはお客様のお部屋、正面の階段からは社長のプライベートルームになります。下には遊戯場がありますのでお暇なときにはご使用ください」

 女は手で示しながら説明をする。

 床はベルベットのカーペットが敷かれ、玄関の天井には豪奢なシャンデリア、壁にはよくわからない絵画が掛けられている。こういうのをナントカ調と言うみたいだが詳しくはわからない。しかし、どれも金が掛かっていそうだ。

「それとこれが、お客様のお部屋になります」

 フロントの使用人らしき中年の男から部屋番付きのカードキーを受け取るとそれを私たちに手渡す。

「お部屋はご一緒でもよろしいですよね」

「構わない」

 隣の男も首を縦に振りながら頷く。両手は相変わらず私の腕を掴んで離さない。そろそろ鬱血しそうなので放してほしい。

 受け取ったカードキーには《壱〇五》と金字で刻印されている。

「お部屋に向かわれますか?」

「荷物とコイツを置いてくるわ」

「かしこまりました」

 左手の大きな扉を開けると一直線の廊下がある。左は窓が並び、右には客用の部屋が続く。廊下の突き当りは右に曲がっていて先が見えない。

「貴女たちのお部屋はこちらですね」

 手前から4番目の部屋の扉に案内される。扉の左には同じ部屋番が書かれた金のプレートがある。その下にはカードキーを入れる機械がとり付けられていた。

「では私はフロントにいますね。部屋の電話はフロントに直通ですので何かあればお使いください。荷物は既に部屋にありますので」

「そ、ありがとね」

「では……」

 女はそう言うと背を向けて今来た廊下を戻る。私はそれを見届けると、カードキーを挿入して男を部屋に入れる。オートロック式なのか、扉を閉めると鍵が閉まる音がする。

「いい加減放せ」

 力任せに男をベットに放り投げる。ぐえ、と汚い音を出すが起き上がる様子はない。

「そんなに高いところが怖いのか?」

 男、遠江真紀はうつ伏せのままこちらを見ると、大きなため息を吐いてシーツに潜り込んだ。

「なんで社長の家に来なきゃいけないんだよ......」

「お前が行きたいと言っただろうに」

「だからって行く先が社長の家だとは思わないじゃないか!おまけにここ何階だよ!!」

「ビル自体は32階だな。屋上だから33階にでもなるのかな」

「そういうことを聞いてるんじゃないんだよ……」

 真紀は「詐欺だ、詐欺だ......」と繰り返しながら頭までシーツに包まってしまった。

 天蓋付きのベットはキングサイズなので私も一緒には寝れそうだが、コイツと寝る趣味はないのでソファーにでも寝るとしよう。試しに座ってみるが程よい反発なのでこれなら体を痛めることなく寝れそうだ。

 部屋の右隅に今通ってきた扉とは別の扉があった。興味本意に覘くと洗面所とトイレ、バスルームがある。どれも白く光っているし、洗面台の蛇口には金の装飾がある。どこを見ても如何にも金持ちといった感じだ。

 元の部屋に戻るとクローゼットの前に自分たちの荷物を発見した。私の荷物は元々少なかったのでスポーツバック1つのみ。真紀のはキャリーバッグの大きいのが二つだ。普通こういうのは女の方が大荷物なのではと思ったが、昨日の夜に真紀から「お前の分も用意してやるから」と言われて何も考えずに了承したのを思い出した。このカバンのうち、どちらかが私に用意したものだろう。

 後ろのベットを伺えば地鳴りの様に唸りながらまだ蹲っていた。社長、という肩書の人間に会ったことはないし、どこかに勤めたことのない私にとっては、どのような感覚なのかは分からなかった。もしかしたら、彼にとっては悪いことをしてしまったのかもしれない。

 着ていた上着をクローゼット内のハンガーに掛けながらそう思う。

 そういえば朝から何も食べてはいないことに気付いた。時刻は昼時を回ろうとしている。真紀に何か食べるか聞こうとしたが、あの様子ではろくに入らないだろう。ルームサービスのように届けてもらおうかと思ったが、何があるかわからないし探検がてら食堂に行こうと考えた。

「外に出るがお前は休んでろよ。なんかあったら呼べ」

「あー……」

 ベットから片腕を出して振るので、一応聞こえていたようだ。

 カードキーを右の尻ポケットに入れてドアノブを開く。廊下には誰もいない。窓から見える空には雲しか見えない。32階ともなれば虫や鳥はなかなか来ないだろう。

 少し考えて右に進む。右はずっと客室が続いているが、突き当りが右に曲がっていた場所だ。そのさらに奥に行く。

 

 暫く歩くと突き当りに到着する。そこから右に曲がると誰かがいる。初めて見る人間だ。

「あら、あなたここの人?」

 少女は音楽を聴いていたのか耳からイヤホンを外す。

「いや、さっき来たばっかだから探検を」

「そうなの。私は昨日からいるから少し先輩ね!」

 得意そうに言う少女はサラサラの黒髪を波立たせながら跳ねる。

「私、有栖川悠っていうの。壱〇壱号室にいるから暇なら遊びに来ても良いわよ」

「私は……遠江董子だ」

「トウコちゃんなのね。ここ、男の人ばっかで女の子はトウコちゃんが初めてだわ」

「他の人は何処かにいるのか?」

「皆、自分の部屋か遊戯場にいるわ。今はお昼が近いから食堂にいるかもしれないわね」

 案内してあげる。と有栖川は言うと私の手を引っ張る。

「こっちは食堂ではないぞ?」

 彼女が進むのは私が向かおうとしていた方だ。食堂に行くなら引き返してフロントの前を通るべきだ。

「ここの一階って横に長いロ型なのよ。フロントから左側が客室、右が食堂や広間なの。この先には裏庭に出る扉があって、そこを通るとと食堂に行けるの」

 ちょうど真ん中に使用人さんたちの部屋がある感じね。

 そういうと有栖川は駆け足で私を連れていく。足取りは軽く楽しそうだ。

「あら、まだ居たわね」

 外に出る扉を開けると裏庭にはバラの庭園が広がっていた。つくづく思うが、ここの社長は西洋文化、それも中世のが好きなのかも知れないな。

 バラの庭園の中央、東屋の下に誰かいた。青年よりは年がいってそうな男だ。外は暑いのに上下黒の服を着て、本を読んでいる。

「彼は須賀さんよ。私の隣、壱〇弐号室の人ね」

 彼はこちらに目を向けることなく本を読んでいる。この距離では私たちの会話が聞こえると思うが、我関せずでページをめくる手は止まらない。

「さ、次に行きましょ!」

 更に手を引かれると今度はプールがある場所に来た。水で満たされたそこは太陽の光を反射して輝いている。今は誰も使用していないが、プールが使えるのだとしたら気分転換に泳いでみるのも悪くないのかもしれない。

「ここにプールがあるなら水着持ってくればよかったわ!」

 全く同感である。

「お嬢さんたち、どうしましたか?」

「あら、鐘司さん。さっきぶりですね」

 建物側の、おそらく使用人室から現れた男性は快活そうに笑うと有栖川に声をかけた。有栖川の口ぶりからすると、私と出会う前は彼と話していたのだろう。

 鐘司さんと呼ばれた男性は私に目を向けると恭しく一礼をした。

「私はこの家の庭を管理してます、渡井鐘司と言います」

「あ、遠江董子です」

「お二方はどちらに?」

「今日来たばっかの彼女にここの案内をしていたの」

「そうでしたか、なら案内図でもお渡ししましょうか?」

「いいわ、私が案内するもの!」

 渡井は懐から紙を出すが、有栖川は受け取るのを拒否した。はたから見れば幼い子供のようだ。

「そうでしたか、では必要になりましたらフロントへお申し付けください」

 有栖川の態度に目くじらを立てることなく渡井は言うと、バラ園の方へ進もうとする。

「そっちには須賀さんがいますよ」

「はい、先ほど須賀様からお昼時に声をかけるように頼まれましたので」

 何気なく声をかければ、渡井からりと笑いながらこちらに背を向けた。

「私たちもそろそろ食堂に行かないとね」

 腕時計で時間を確認した有栖川がそういうと、私たちはプールの前を横切り食堂へと足を運んだ。

 

CCC!!/Crash and Crisis in the City②

 

 必要とされることはあるが、求められることはない人生。

 

 女は自分のことを蓬生花楓と名乗った。癖のある長い黒髪にたおやかな見た目。だが、浮かべる笑顔は胡散臭い。

「何の用?私これから用事があるんだけど」

「そんなに警戒しないでください。争いに来たわけではありませんから」

 女は両手を広げて無害さをアピールするが信用できない。立ち振る舞いは無害そうだが、ほのかに感じる気配は強者だった。間違いなく自分より強い。この場で相手が本気を出せば高確率で自分は死ぬ。

「いまいち信用してくれないようですね」

「悪いけど、初対面の相手を信じれるほど恵まれた環境じゃ無かったんでね」

「……それもそうですね」

 冗談交じりに言えば、女は引き下がる。

「それで、一体何の用?」

「実は、貴女に依頼をしたいのです」

「依頼?」

 女はそう言うと手持ちのバックからUSBメモリを取り出す。

「必要なことはここに入っています。これは、是非とも貴女に受けていただきたい」

 女はメモリを投げよこす。何の変哲もないが、私はそれを更に投げ返した。

「どういうつもりです?」

「悪いけど今は依頼を受け付けてないし、面倒ごとはごめんだよ」

「報酬は高く弾みますが?」

「それでもよ。もう危ないことからは手を引いたんだ。今更戻るつもりはないよ」

「そうでしたか……」

 女は見るからに残念そうにすると返されたメモリをバックにしまう。

「貴女は実に優秀な方なので、残念です」

「期待に添えられずすみませんね」

「いえいえ、此方も突然お伺いしてご迷惑をおかけしました。もし、何かあればこちらに連絡を」

 床に置いたのは小さな紙片。おそらく名刺だろう。そのまま、女は来た時と同じように非常階段から降りていく。振動が感じられなくなると警戒しながら名刺を拾う。

 名刺自体には何も仕掛けは施されていない。名前と所属、電話番号が書かれている。

「K.T社?秘書課……?蓬生花楓、ねぇ」

 K.T社は聞いたことはあるが、なぜそんな会社の人間が自分を訪ねるのかがわからない。仄暗い噂は聞いたことはないし、繋がりがあるようには思えない。それに、あんなに強い女がいるような会社だとも思えない。

 名刺を財布にしまえば、ドタドタと階段を上る音が聞こえる。やっとか……。

「ごめん、遅れた!!」

「遅れすぎだバカヤロー」

 息を切らせながら来た男はこちらに歩み寄るとどうしたのかと聞いてきた。

「ここに来る前に変な奴いなかったか?」

「いや、全然」

 男は不思議そうな顔をするが、あの女とすれ違っていないのなら僥倖。顔がバレるのが一番危ない。

「遅れてたからカツアゲされてるのかと思った」

「ひっでぇ......」

 後ろでぎゃいぎゃい騒ぐ男を放って夜の街を見下ろす。

 相も変わらず騒がしいここは着実に動こうとしている。

CCC!!/Crash and Crisis in the City①

 

 一番不幸なのは、自分が孤独だと思い込むことだ、と思う。

 

 墨を垂らしたような空には星がない。ずっと昔に読んだ本には、街に光が多すぎると星は見えなくなるらしい。

 屋上のフェンスに寄りかかり、空を見上げる。街の光を反射して雲が見えるだけだ。

 この街は明るすぎる。今は深夜に差し掛かった時間なのにまだ静かにならない。

 カバンから煙草を取り出し火をつける。煙は強い風に煽られすぐにどこかへ消える。灰も一緒に連れていく。

 吸い込むが一向においしく感じられない。昔は大人になったら吸いたいと思っていたが、今ではどうでもよくなっている。

 誰も煙草がおいしいなんて言ってないな。

「不味いな」

 煙草は半分以上残して捨てる。未だに最後まで吸えたことはない。

 待っている人物はまだ来ない。特に時間指定はしていないが、何時もだったらもうとっくに来ているはずだ。自分から迎えに行ってもいいが、すれ違いになれば面倒だ。

 こういう時にケイタイがあれば便利なのだが、住所も戸籍もない自分には手に入れることが難しい。

 他にも欲しいものならたくさんある。車、家、テレビ、音楽プレイヤー、パソコンだってほしい。もちろん、はやりの服や靴も欲しいし、なんだったらアクセサリーを買ってオシャレしたい。モノじゃないけど、遊園地に行ってもみたいし映画も観てみたい。

 だが、先立つもの……お金がない。その為には働かないといけないが、まともな職に就こうと思ってもできない。住所不定に義務教育未就学、まともな経営者なら誰も雇ってはくれない。住所も戸籍も自分には必要ないものだと思っているが、自分の身を証明できないのは歯痒い。職に就けないこともそうだが、他に困ったことに病気になったとしても病院にかかることもできない。

 いや、そもそも普通とは違うこの体ではどこも役に立たないか……。

 そこまで思考してからフェンスから振動を感じた。

 出所は後ろのビル階段ではなく、非常階段からだ。階段の鉄のステップから手摺りへ、手摺りからフェンスへ振動が伝わる。

「……」

 懐から使い慣れたナイフを取り出し、袖の中に隠す。

 上ってくる人間は休むことなくこちらに来る。ここからでは死角になっているので相手の姿は見えない。来るのは一人だけ、体重が軽いやつ、たぶん女。

 非常階段は左後ろにあり、反対側にはビル内の階段がある。障害物になりそうなものはここにない。四方はフェンスに囲まれてはいるが飛び越えられない高さではない。隣のビルは遠くて飛び移れない。

 ただの物見遊山なら少し脅して帰っていただこう。そう思いながら夜の街並みを見下ろす。明るすぎて目が痛くなる。煙草を探すが何処にもない……あれが最後の一本だったのか。

 足音が止まる。振り向けば、女が立っていた。小綺麗な格好をした女だ。ここはオフィス街なのでこんな格好をした女がいてもおかしくはない。だが女はこちらを真っ直ぐ見つめる。ただの物見遊山ではなさそうだ。

「お初にお目にかかります」

 丁寧な口調で言うと、女はこちらに歩み寄ってきた。

「私、蓬生花楓といいます。以後お見知りおきを」

CCC!!/C×× __ C×× __ C××

 

 ぽたぽた。ぽたぽた。ほらほら。

 

 切る、煮る、焼く、おいしい。Kill、煮る、厄、老いしい。

 Kill。肉、薬。老いもおいしい。

 Kill着るKill。焼くには芋も血で。

 肉、血、腸。肉血蝶々。肉に苦肉に紅。腸に肉で蝶々綺麗で。

 腸は腸綿。斜めは転がって潰れて星が綺麗。

 綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗。

 

 白がぴかぴか見ている。綺麗。

 体が鳴いている。いたたた痛い。

 寒い、寒い。冷たい。寂しい。孤独どくどく。

 空は黒グロイ。寝て起きて冷めて、見て泣いて笑ってる。

 わらわら。笑ってる。わらわら、わらわら。

 

 手が一緒、ぶらぶらずんずん。揺れて揺れてブランコ。

 歩く歩け進んで上り下り。右左、左右、終わらない。

 足が不機嫌。お腹が怒る。何で怒ってる。

 わらわらは笑ってる。まだまだわらわら。(笑)

 のぼる、回って、のぼる。回って、のぼる。回って、のぼる。

 

 寒い、寒い寒い。手はあつあつ。手首ぬるい。

 怒るかな、怒るかな。怒るかな、怒るかな、怒るかな。

 ごめんね、ごめんね、ごめんね、許してくれない。

 ごめんなさい、聞こえない聴こえない、耳削ぐ耳が。

 父父血父父父父父父父一父父ちちちち。

 

 熱い暑い、あついついあ。正解の熱い。あっつあついつい。

 何でこんなどうして何でなんで男でナンでなんで……。

 びりってとんで。

 頭熱いよ。

 泣いてる。

 泣いてる。

 泣いてる。

 泣いてる。

 あ。

 

 ーーーー無い?

 ないよ。

 どこもない。

 無くなった。

 無いない。

 泣いてない。

 無いよない。

 何もない。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse??

  ここで、『CCC!!/Cat and Crow with Corpse』は一区切りとなります。次からは別のキャラの話になります。

 

 Cat and Crow with Corpseは『死体と猫と烏』っていう意味です。猫は伊波で烏は閑野です。死体についてはまだ出てきてないです。これから出ます。

 

 キャラの外見はご想像に任せます。

 伊波は無愛想で理性的だけど義理を通すイメージで、閑野は根暗で心労が絶えない雰囲気で書いています。身体的には伊波は平均身長の痩せ型、閑野は平均より高い身長で痩せ型で考えています。

 この二人だけなら、場面がローテンションで弱々しくなる……。

 

 伊波は料理の腕はいいのですが、彼女の味の好みは薄味なので必然的に料理は薄味になります。そのせいで閑野の食事は薄味へとなりますが、インスタント生活だった彼にとっては減塩生活で健康的にはなっていくはず……。元々、閑野自体調味料かけまくりで、深夜の食事に朝食抜きな不健康な食生活なので余計に健康になっていくはずです。

 

 閑野はお人好しな性格で、なんでも背負い込もうとします。仕事もやれるなら全部やろうとします。自分ができるなら他の人もできるだろうと思っているので、彼は自分のことを褒めたり認めたりすることはないです。なまじ仕事ができるので細かな部分に気が付く分余計なことまでします。そのせいで過剰労働になっています。

 同僚である暮橋は彼のことを気にしていますが、暮橋は仕事ができるタイプではないので自分のことで手いっぱいで閑野を助けることはできませんし、期日以内に終わらせるので深刻には考えていません。

 伊波も当人の問題として深く関わろうとはしないです。仮に閑野が助けを求めたのなら手を差し伸べるかもしれません。もっとも、関係を切られる可能性もありますが、今回の一件でその可能性は少ないです。

 

 次回からは別ルートから始まります。同一世界ですが、焦点を当てる人物は異なります。

 月水金の週三回更新になる予定です。よろしくお願いします。

 

 

 

次回予告 (予定)

 君を信じる勇気が私には足りない。

 誰も言わないのなら私も言わないよ。

 今日も色がない、明日も色がない。

 空を割いたってなにもなかった。

 君を知ったことが私の不幸。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse⑥

 

 明日君の夢を見る。

 

 風呂から上げるとリビングテーブルの椅子に伊波が座っていた。

 テレビはつけっぱなしで、今日のニュースが取り上げられていた。隣の市で女性の刺殺体が発見されたというニュースだった。画面にはブルーシートで囲まれた路地に関係者が出入りを繰り返している映像が流れている。

「この人、このマンションに住んでる人だよ」

 画面には身元不明と書かれている。

「駐車場に車停まってないし、さっき旦那さんが警察に電話してたわ。服装も、今朝出かけた時のと同じだった」

「おまえ、いつの間に」

「……早くご飯食べなよ」

 テーブルの上には朝の予告通りに肉料理、豚肉の生姜焼きと肉豆腐、海鮮サラダが置かれている。どれもおいしそうな匂いを出している。白米とみそ汁は自分でよそうスタイルなのでこの場にはない。

「いただきます」

 自分で炊飯器からご飯を盛り、みそ汁は具はシメジで、それも自分でやる。席について時計を見れば11時を過ぎている。ずいぶん遅い夕食だが、一人でいたころはカップラーメンにしていたし、疲れていた時は何も食べずに寝ていた。

「おいしい」

 生姜焼きを一口運べば下の上に味が染みわたる。昼食以降何も食べていなかったからか、なおさらおいしく感じた。自然とおいしいと感想が出たが、伊波は無反応だった。

 彼女はテーブルに肘を乗せ頬杖をつきながらまだテレビを見ている。

「あっ……」

 ファンファンと速報を知らせる音が鳴るとテレビの画面上部には字幕が表示される。

《―――市内における女性刺殺事件において被害者の身元判明》

《女性は同県ーーー市在住 瀬川舞子さん(34)と判明》

 そのあと、再度字幕は同じ内容を流すと終了した。

「本当だったのか」

「嘘だと思ったのか」

 そういうわけじゃないと言おうとしたが、目に見えて不機嫌になった彼女を見て肩を竦めるだけにしておく。彼女は字幕を読むことはできなかったようだが、俺の発言からさっきのニュースのことだと思ったのだろう。

「で、聴きたいことがあるんだが」

 彼女は何も言わない。単に続けろという意思表示なのかもしれない。

「昼間、会社に“105番”っていうやつが来たんだ。お前に顔がそっくりで声も似てた。そいつはお前に聞けばわかるって言ってた……誰なんだ?」

「……顔がそっくりなんじゃなくて、同じなんだよ」

「は?」

「“105番”は個体番号。私たちは同じ人間なんだよ」

 それから聞いたことは信じられない事だった。

 伊波はクローン人間で、“105番”も同じクローン人間。ただ育て方が違うだけの同じ人間らしい。DNAも指紋、声紋もほとんどが同じ。食の好みや、正確に違いはあれど肉体的な違いはほとんど持ち合わせていないらしい。

 あまりにも非現実的なことで箸が止まる。

「105番ってことはお前は……」

「私は173番」

「全員で何人いるんだ?」

「……結構たくさんいる。知ってるだけで200人かな」

「そんなにいるのか」

「まあ、クローンだからね。全部コピペみたいな感じで作れるよ。てか、本当にいいのか?」

「なにが?」

「私を追い出さなくていいのかってこと。絶対面倒ごとに巻き込まれるよ。てか、もう巻き込んでるか」

 確かに最初はそう考えていたが、もう無駄だろう。

「俺のところに直に来たってことは職場も俺の行動もバレてるんじゃないか?」

「それも、そうだね……」

「じゃあ、ここにいて何か起こった時に助けてくれればそれでいいよ」

 何かあるにしろ、ここで伊波に離れられると困る。何かあった時に対抗できない。それに、食事のことに関してもそうだ。一度上げた生活レベルを下げることはできない。

 残った夕飯を食べるがもう冷めていた。

 まあ、おいしいことに変わりはないので食べ続ける。

 

「ありがとね」

CCC!!/Cat and Crow with Corpse⑤

 

 好きだよ、嫌いだよ、どうでもいいよ。

 

「ただいま」

 慣れたように言えるようになった言葉を言う。時刻は10時過ぎ、伊波はまだ起きていた。料理の残り香と、バラエティ番組の声が聞こえる。

「お帰り」

 伊波は表情金一つ動かすことなく言い放つと俺から上弁当箱をひったくる。慣れたように台所へと行くと洗い始めた。

「ご飯は温めるから、先に風呂入ってきて」

「ああ」

 何も変わったことはない。普通にいつも通りだ。俺はいつ昼間の奴“105番”について聞こうか迷ったが、疲れからか脳みそが回らなくなっていた。

 風呂とメシが終わってから聞くことにしよう……。

「何かあったの?」

「……え?」

 伊波のことを見ると、彼女はこちらのこと見据えていた。

「普段と様子が違う。上司に何か言われたの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「同僚か?」

「違う」

 彼女の目線が段々ときつくなる。俺はどう言おうか迷っていた。会社でお前に似た奴にあった、と言うにしても絶対面倒ごとだ。俺には彼女の厄介ごとに関わる気はなかった。

「誰かが私を探していたの?」

 彼女は洗い物を中断し、リビングまで来た。真っ直ぐに俺を見据えると彼女は溜め息一つをこぼした。

「何か危害を加えられた?」

「いや、そういうことはされなかった。ただお前のことを知っている奴っぽくて」

  “105番”って誰だ?そう言うと目に見えて伊波の表情が変わった。

「……もう遅い、さっさと風呂に入れ」

「は?おい、それはないだろ」

「ちゃんと話すから、早くして」

 そういうと、伊波は台所へと戻って行ってしまった。

「何なんだよ……」

 これ以上は話してくれなさそうなので、俺は着替えを取りに自室へと戻った。

 部屋はカーテンが閉め切ったままで真っ暗だ。灯りをつけ、タンスから着替えを取り出す。プライバシーを守るため、最初の取り決めで伊波はこの部屋には入ってこない。もしかしたら俺のいない間に入っているかも知れないが、タンスの上に溜まったホコリや畳まれていない布団を見るに、律儀に守っているのだろう。

「そろそろ、掃除しないとな……」

 現実逃避だ。仕事で疲れるのはいつものことだが、家の中にまで持ち込まれるのはごめんだ。これなら同棲を持ちかけられた時に断っていれば良かったとさえ思う。(元は面倒な家事や料理をしてくれる事につられて了承したのはこの際棚に上げるが……)

 もしかしたら、出て行ってもらうかもしれない。その考えが頭を過るが直ぐに頭を振る。

 もしかしたら生き別れた姉妹とかの説がある。伊波が本名を話さないのは家出してきたのかもしれないし、俺に会ってきたのは探偵とかに調べさせて居場所を知ったのかもしれない。

 俺は働かない頭を使っては要らぬ予想ばかりを立てていた。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse +α

※この話は本編『CCC!!/Cat and Crow with Corpse』の番外編(没ネタ)になります。

 伊波の過去話という形をとっていますが、本編とは一切関係はありません

※結構書けたので供養です。別の世界線やパロディで使うかもしれません。

 

生きにくい、息しにくい

 自分の異常性を認識したのは割と早い頃だった。

 文字が読めない。

 話していることはわかっているが、文字が読めないのだ。ぼやけたり、滲んで見える。もちろん書くこともできない。相手が話している内容と文字が合わないのだ。

 そのことに気付いたのは4歳のころ。絵本を読み聞かせられても母がどこを見ているのかわからない。その頃の私は文字が読めないことに不便さを感じなかったが、幼稚園に通うようになってからは自分が周囲の子供と違うことが分かった。

 母に早く打ち明けたが、頑張れば読めるようになると言われただけだった。

 それから数年後には小学校に行くようになってからは更に大変だった。教科書は読めないし、板書もできない。そうなってくればいよいよ母も深刻に思ったのか、病院に連れて行くようになった。

 病院での診断は発達性ディスレクシア。先天的に文字の読み書きが困難な障害のことだ。母は難しい顔をしていた。病院から帰った時のことはよく覚えている。一緒にスーパーに行き、私の好きなお菓子とアイス、ジュースを買ってくれた。帰り道でアイスを食べた。母は私と手を繋いで歩いていた。

『気付いてあげられなくてごめんね』

 途中で母はそういうとそれから何も話さなくなった。

 

 次の日、母は私と一緒に学校に来てくれた。初めて校長室に入ったので緊張したが、母は私の手を握っていてくれたので怖くはなかった。母は校長と担任の先生に、私が文字の読み書きが難しい障害を抱えていると説明してくれた。学校での勉強は私にとって難しいので、授業中は録音させてほしいとも言ってくれた。

 先生たちは初めての事例なようで狼狽えることはあったが、その日から教卓の上には録音機が置かれるようになっていた。

 それから教科書や板書にも工夫をして授業中の問題は改善されていった。教科書は専用のものが見つからなかったのか、先生があらかじめ見やすいように音節ごとに区切ったプリントを作ってくれた。私も授業中は色ペンを多用した。登場人物ごとに色分けをしたり、文字の読み書きも少しづつではあるがわかるようになってきた。

 一番得意なのは算数と理科だった。算数は文字が重要ではなかったし、私は数字は理解できたので解くのは簡単だった。理科も実験内容を覚えれば答えるのは楽しかった。母は「貴女は頭が良いんだから将来は博士になれるかもね」と楽しそうに言っていた。

 テストの時間は私だけ別室だった。文字を読むのにまだ時間がかかるので、皆とは違う教室で行っていた。先生が問題を読み上げ、それに私が口頭で答える方法だった。

 国語の点数はあまりよくなかったが、他の教科はある程度は取れていたと思う。

「貴女は私の自慢の娘ね」

 母の口癖だ。皆から支えられ、家族から愛されて。私は幸せだった。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse④

 

 そもそも、俺たちはそんなに仲良くなかったな。

 

 腕時計で時間を知ると既に14時が近づいている。あの女、“105番”と言った女は謎だけを残していなくなっていった。胸のもやもやをしまいつつ空の弁当箱を回収して階段を下りていく。

 オフィスは昼休憩から戻ってきた人で賑わっていた。上司の席には本人が既に座っていた。自分の席に鍵付きで閉まった頼まれた書類を出す。最後にざっと見直すが枚数、誤字、文法、書式には誤りはなさそうだ。

 右手に携えながら上司の席に近づく。上司はラジオを聴きながらパソコンに向かっている。やっと仕事を始めたのだろう。

「お時間よろしいでしょうか」

 お伺いを立てると上司は右耳のイヤホンを外しただけだ。

「頼まれていた書類できました」

「ああ、どうもね。そこ置いてて」

 指さされたのは処理済みの書類置き場。そこに置くと上司はひらりと手を振るのみで目を合わせようとしない。確認せずに置くとはチェック体制甘すぎるだろ、と思うが言ったところでどうにもならない。確認はしたがもし間違いがあったら、怒られるのは俺なのにな。

 自分の席に戻ると隣の奴から声がかけられた。暮橋遥という男は俺の同僚で、年が近いこともあってこの職場の中では唯一気の置けるやつだ。

「天才様は大変だな。皆から書類押し付けられて」

 そう笑いながら揶揄するが目線はパソコンから離さずに文字を打ち込み続けている。

 俺と同じようにこいつも誰かから書類の処理を押し付けられたのだろう。机の上には未処理の束がある。

「お前こそ押し付けられたのか」

「まあね。あのお局様、断ったら超コエ―の」

 お局様こと矢島清香。彼女はこのオフィスの中で一番発言力のある人だ。俺の糞上司だって逆らえない。そもそも彼女は本社から来た所謂本社組のエリート。本来ならここにいるはずがないのだが、本社で何かやらかして左遷されたと専らの噂だ。

「目をつけられんなよ」

「頼まれている時点で無理じゃね?」

 暮橋は顔だけ見れば美形の部類に入る。だがその顔は寝不足や偏った食事で色が悪いが。前々から矢島さんから書類を頼まれることはあったが、最近では毎週のように頼まれているように思う。

「それもそうだな」

 矢島さんは外回りだが、やるのは大手との取引だけで中小企業は他の人間に任せてる。ただ、手柄だけは取っていくのはお決まりだった。

「でも、お前の方が大変だろ、それ」

 暮橋が指すのはまだ机の上にある書類の山。朝よりはだいぶ減ったがそれでもまだある。

「別に、いつものことだろ」

「さすが天才様」

「それやめろ」

 天才様、暮橋は時々俺のことをそう呼ぶ。曰く、仕事を終わらせるのが天才的に早い、とのことだが、俺にとっては不本意極まりない呼び方だ。俺が早く終わるのはただ単に慣れただけだ。仕事を押し付けられるのに慣れただけだ。

「お前もあと二年したら俺みたいになれるよ」

「それは勘弁だなー……」

 暮橋は苦々しく言った。

 彼との会話はそこで終わった。俺も椅子に深く腰掛けパソコンを立ち上げる。残りの書類は17時までと目途をつける。それまでに終わらなかったらそれまでだ。締め切りまではまだ時間がある。どうせ明日も何か押し付けられるんだ。諦めて目の前の仕事に集中する。

 それから仕事が終わったのは21時過ぎだった。オフィス内の社員はみんな帰ってしまっていた。もちろん、隣の暮橋もいない。たしか途中で帰るといわれた気がしなくもないな。

 押し付けられた書類は押し付けた奴の机の上に置き、最後の一人なので戸締りの確認をする。

「お疲れさまでした」

 誰もいないオフィスにそう声をかけると照明を消していく。真っ暗になったオフィスを確認すると閑野は1階まで下りていく。終電まではまだまだ時間があるのでゆっくりで大丈夫だ。

 伊波が言うには今日の夕食は肉らしい。外食をしてくるなと言われていたのでその通りにする。遅い昼食をとってから何も口にしていなかったので腹からは切ない音が鳴る。俺はゆっくりだった歩みを早めると電車に乗り込む。

 “105番”

 昼休みに言われた言葉、伊波と瓜二つの顔と声、伊波の名前を知らないようだったが何か知っているような口ぶりに胸がざわついた。

「帰ったら何て言えば……」

 どう切り出せばいいのかを考えながら、俺は電車に揺られ帰路に就いた。