他人の空似

創作小話やネタなどをだらだらと。

CCC!!/Crash and Crisis in the City②

 

 必要とされることはあるが、求められることはない人生。

 

 女は自分のことを蓬生花楓と名乗った。癖のある長い黒髪にたおやかな見た目。だが、浮かべる笑顔は胡散臭い。

「何の用?私これから用事があるんだけど」

「そんなに警戒しないでください。争いに来たわけではありませんから」

 女は両手を広げて無害さをアピールするが信用できない。立ち振る舞いは無害そうだが、ほのかに感じる気配は強者だった。間違いなく自分より強い。この場で相手が本気を出せば高確率で自分は死ぬ。

「いまいち信用してくれないようですね」

「悪いけど、初対面の相手を信じれるほど恵まれた環境じゃ無かったんでね」

「……それもそうですね」

 冗談交じりに言えば、女は引き下がる。

「それで、一体何の用?」

「実は、貴女に依頼をしたいのです」

「依頼?」

 女はそう言うと手持ちのバックからUSBメモリを取り出す。

「必要なことはここに入っています。これは、是非とも貴女に受けていただきたい」

 女はメモリを投げよこす。何の変哲もないが、私はそれを更に投げ返した。

「どういうつもりです?」

「悪いけど今は依頼を受け付けてないし、面倒ごとはごめんだよ」

「報酬は高く弾みますが?」

「それでもよ。もう危ないことからは手を引いたんだ。今更戻るつもりはないよ」

「そうでしたか……」

 女は見るからに残念そうにすると返されたメモリをバックにしまう。

「貴女は実に優秀な方なので、残念です」

「期待に添えられずすみませんね」

「いえいえ、此方も突然お伺いしてご迷惑をおかけしました。もし、何かあればこちらに連絡を」

 床に置いたのは小さな紙片。おそらく名刺だろう。そのまま、女は来た時と同じように非常階段から降りていく。振動が感じられなくなると警戒しながら名刺を拾う。

 名刺自体には何も仕掛けは施されていない。名前と所属、電話番号が書かれている。

「K.T社?秘書課……?蓬生花楓、ねぇ」

 K.T社は聞いたことはあるが、なぜそんな会社の人間が自分を訪ねるのかがわからない。仄暗い噂は聞いたことはないし、繋がりがあるようには思えない。それに、あんなに強い女がいるような会社だとも思えない。

 名刺を財布にしまえば、ドタドタと階段を上る音が聞こえる。やっとか……。

「ごめん、遅れた!!」

「遅れすぎだバカヤロー」

 息を切らせながら来た男はこちらに歩み寄るとどうしたのかと聞いてきた。

「ここに来る前に変な奴いなかったか?」

「いや、全然」

 男は不思議そうな顔をするが、あの女とすれ違っていないのなら僥倖。顔がバレるのが一番危ない。

「遅れてたからカツアゲされてるのかと思った」

「ひっでぇ......」

 後ろでぎゃいぎゃい騒ぐ男を放って夜の街を見下ろす。

 相も変わらず騒がしいここは着実に動こうとしている。

CCC!!/Crash and Crisis in the City①

 

 一番不幸なのは、自分が孤独だと思い込むことだ、と思う。

 

 墨を垂らしたような空には星がない。ずっと昔に読んだ本には、街に光が多すぎると星は見えなくなるらしい。

 屋上のフェンスに寄りかかり、空を見上げる。街の光を反射して雲が見えるだけだ。

 この街は明るすぎる。今は深夜に差し掛かった時間なのにまだ静かにならない。

 カバンから煙草を取り出し火をつける。煙は強い風に煽られすぐにどこかへ消える。灰も一緒に連れていく。

 吸い込むが一向においしく感じられない。昔は大人になったら吸いたいと思っていたが、今ではどうでもよくなっている。

 誰も煙草がおいしいなんて言ってないな。

「不味いな」

 煙草は半分以上残して捨てる。未だに最後まで吸えたことはない。

 待っている人物はまだ来ない。特に時間指定はしていないが、何時もだったらもうとっくに来ているはずだ。自分から迎えに行ってもいいが、すれ違いになれば面倒だ。

 こういう時にケイタイがあれば便利なのだが、住所も戸籍もない自分には手に入れることが難しい。

 他にも欲しいものならたくさんある。車、家、テレビ、音楽プレイヤー、パソコンだってほしい。もちろん、はやりの服や靴も欲しいし、なんだったらアクセサリーを買ってオシャレしたい。モノじゃないけど、遊園地に行ってもみたいし映画も観てみたい。

 だが、先立つもの……お金がない。その為には働かないといけないが、まともな職に就こうと思ってもできない。住所不定に義務教育未就学、まともな経営者なら誰も雇ってはくれない。住所も戸籍も自分には必要ないものだと思っているが、自分の身を証明できないのは歯痒い。職に就けないこともそうだが、他に困ったことに病気になったとしても病院にかかることもできない。

 いや、そもそも普通とは違うこの体ではどこも役に立たないか……。

 そこまで思考してからフェンスから振動を感じた。

 出所は後ろのビル階段ではなく、非常階段からだ。階段の鉄のステップから手摺りへ、手摺りからフェンスへ振動が伝わる。

「……」

 懐から使い慣れたナイフを取り出し、袖の中に隠す。

 上ってくる人間は休むことなくこちらに来る。ここからでは死角になっているので相手の姿は見えない。来るのは一人だけ、体重が軽いやつ、たぶん女。

 非常階段は左後ろにあり、反対側にはビル内の階段がある。障害物になりそうなものはここにない。四方はフェンスに囲まれてはいるが飛び越えられない高さではない。隣のビルは遠くて飛び移れない。

 ただの物見遊山なら少し脅して帰っていただこう。そう思いながら夜の街並みを見下ろす。明るすぎて目が痛くなる。煙草を探すが何処にもない……あれが最後の一本だったのか。

 足音が止まる。振り向けば、女が立っていた。小綺麗な格好をした女だ。ここはオフィス街なのでこんな格好をした女がいてもおかしくはない。だが女はこちらを真っ直ぐ見つめる。ただの物見遊山ではなさそうだ。

「お初にお目にかかります」

 丁寧な口調で言うと、女はこちらに歩み寄ってきた。

「私、蓬生花楓といいます。以後お見知りおきを」

CCC!!/C×× __ C×× __ C××

 

 ぽたぽた。ぽたぽた。ほらほら。

 

 切る、煮る、焼く、おいしい。Kill、煮る、厄、老いしい。

 Kill。肉、薬。老いもおいしい。

 Kill着るKill。焼くには芋も血で。

 肉、血、腸。肉血蝶々。肉に苦肉に紅。腸に肉で蝶々綺麗で。

 腸は腸綿。斜めは転がって潰れて星が綺麗。

 綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗。

 

 白がぴかぴか見ている。綺麗。

 体が鳴いている。いたたた痛い。

 寒い、寒い。冷たい。寂しい。孤独どくどく。

 空は黒グロイ。寝て起きて冷めて、見て泣いて笑ってる。

 わらわら。笑ってる。わらわら、わらわら。

 

 手が一緒、ぶらぶらずんずん。揺れて揺れてブランコ。

 歩く歩け進んで上り下り。右左、左右、終わらない。

 足が不機嫌。お腹が怒る。何で怒ってる。

 わらわらは笑ってる。まだまだわらわら。(笑)

 のぼる、回って、のぼる。回って、のぼる。回って、のぼる。

 

 寒い、寒い寒い。手はあつあつ。手首ぬるい。

 怒るかな、怒るかな。怒るかな、怒るかな、怒るかな。

 ごめんね、ごめんね、ごめんね、許してくれない。

 ごめんなさい、聞こえない聴こえない、耳削ぐ耳が。

 父父血父父父父父父父一父父ちちちち。

 

 熱い暑い、あついついあ。正解の熱い。あっつあついつい。

 何でこんなどうして何でなんで男でナンでなんで……。

 びりってとんで。

 頭熱いよ。

 泣いてる。

 泣いてる。

 泣いてる。

 泣いてる。

 あ。

 

 ーーーー無い?

 ないよ。

 どこもない。

 無くなった。

 無いない。

 泣いてない。

 無いよない。

 何もない。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse??

  ここで、『CCC!!/Cat and Crow with Corpse』は一区切りとなります。次からは別のキャラの話になります。

 

 Cat and Crow with Corpseは『死体と猫と烏』っていう意味です。猫は伊波で烏は閑野です。死体についてはまだ出てきてないです。これから出ます。

 

 キャラの外見はご想像に任せます。

 伊波は無愛想で理性的だけど義理を通すイメージで、閑野は根暗で心労が絶えない雰囲気で書いています。身体的には伊波は平均身長の痩せ型、閑野は平均より高い身長で痩せ型で考えています。

 この二人だけなら、場面がローテンションで弱々しくなる……。

 

 伊波は料理の腕はいいのですが、彼女の味の好みは薄味なので必然的に料理は薄味になります。そのせいで閑野の食事は薄味へとなりますが、インスタント生活だった彼にとっては減塩生活で健康的にはなっていくはず……。元々、閑野自体調味料かけまくりで、深夜の食事に朝食抜きな不健康な食生活なので余計に健康になっていくはずです。

 

 閑野はお人好しな性格で、なんでも背負い込もうとします。仕事もやれるなら全部やろうとします。自分ができるなら他の人もできるだろうと思っているので、彼は自分のことを褒めたり認めたりすることはないです。なまじ仕事ができるので細かな部分に気が付く分余計なことまでします。そのせいで過剰労働になっています。

 同僚である暮橋は彼のことを気にしていますが、暮橋は仕事ができるタイプではないので自分のことで手いっぱいで閑野を助けることはできませんし、期日以内に終わらせるので深刻には考えていません。

 伊波も当人の問題として深く関わろうとはしないです。仮に閑野が助けを求めたのなら手を差し伸べるかもしれません。もっとも、関係を切られる可能性もありますが、今回の一件でその可能性は少ないです。

 

 次回からは別ルートから始まります。同一世界ですが、焦点を当てる人物は異なります。

 月水金の週三回更新になる予定です。よろしくお願いします。

 

 

 

次回予告 (予定)

 君を信じる勇気が私には足りない。

 誰も言わないのなら私も言わないよ。

 今日も色がない、明日も色がない。

 空を割いたってなにもなかった。

 君を知ったことが私の不幸。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse⑥

 

 明日君の夢を見る。

 

 風呂から上げるとリビングテーブルの椅子に伊波が座っていた。

 テレビはつけっぱなしで、今日のニュースが取り上げられていた。隣の市で女性の刺殺体が発見されたというニュースだった。画面にはブルーシートで囲まれた路地に関係者が出入りを繰り返している映像が流れている。

「この人、このマンションに住んでる人だよ」

 画面には身元不明と書かれている。

「駐車場に車停まってないし、さっき旦那さんが警察に電話してたわ。服装も、今朝出かけた時のと同じだった」

「おまえ、いつの間に」

「……早くご飯食べなよ」

 テーブルの上には朝の予告通りに肉料理、豚肉の生姜焼きと肉豆腐、海鮮サラダが置かれている。どれもおいしそうな匂いを出している。白米とみそ汁は自分でよそうスタイルなのでこの場にはない。

「いただきます」

 自分で炊飯器からご飯を盛り、みそ汁は具はシメジで、それも自分でやる。席について時計を見れば11時を過ぎている。ずいぶん遅い夕食だが、一人でいたころはカップラーメンにしていたし、疲れていた時は何も食べずに寝ていた。

「おいしい」

 生姜焼きを一口運べば下の上に味が染みわたる。昼食以降何も食べていなかったからか、なおさらおいしく感じた。自然とおいしいと感想が出たが、伊波は無反応だった。

 彼女はテーブルに肘を乗せ頬杖をつきながらまだテレビを見ている。

「あっ……」

 ファンファンと速報を知らせる音が鳴るとテレビの画面上部には字幕が表示される。

《―――市内における女性刺殺事件において被害者の身元判明》

《女性は同県ーーー市在住 瀬川舞子さん(34)と判明》

 そのあと、再度字幕は同じ内容を流すと終了した。

「本当だったのか」

「嘘だと思ったのか」

 そういうわけじゃないと言おうとしたが、目に見えて不機嫌になった彼女を見て肩を竦めるだけにしておく。彼女は字幕を読むことはできなかったようだが、俺の発言からさっきのニュースのことだと思ったのだろう。

「で、聴きたいことがあるんだが」

 彼女は何も言わない。単に続けろという意思表示なのかもしれない。

「昼間、会社に“105番”っていうやつが来たんだ。お前に顔がそっくりで声も似てた。そいつはお前に聞けばわかるって言ってた……誰なんだ?」

「……顔がそっくりなんじゃなくて、同じなんだよ」

「は?」

「“105番”は個体番号。私たちは同じ人間なんだよ」

 それから聞いたことは信じられない事だった。

 伊波はクローン人間で、“105番”も同じクローン人間。ただ育て方が違うだけの同じ人間らしい。DNAも指紋、声紋もほとんどが同じ。食の好みや、正確に違いはあれど肉体的な違いはほとんど持ち合わせていないらしい。

 あまりにも非現実的なことで箸が止まる。

「105番ってことはお前は……」

「私は173番」

「全員で何人いるんだ?」

「……結構たくさんいる。知ってるだけで200人かな」

「そんなにいるのか」

「まあ、クローンだからね。全部コピペみたいな感じで作れるよ。てか、本当にいいのか?」

「なにが?」

「私を追い出さなくていいのかってこと。絶対面倒ごとに巻き込まれるよ。てか、もう巻き込んでるか」

 確かに最初はそう考えていたが、もう無駄だろう。

「俺のところに直に来たってことは職場も俺の行動もバレてるんじゃないか?」

「それも、そうだね……」

「じゃあ、ここにいて何か起こった時に助けてくれればそれでいいよ」

 何かあるにしろ、ここで伊波に離れられると困る。何かあった時に対抗できない。それに、食事のことに関してもそうだ。一度上げた生活レベルを下げることはできない。

 残った夕飯を食べるがもう冷めていた。

 まあ、おいしいことに変わりはないので食べ続ける。

 

「ありがとね」

CCC!!/Cat and Crow with Corpse⑤

 

 好きだよ、嫌いだよ、どうでもいいよ。

 

「ただいま」

 慣れたように言えるようになった言葉を言う。時刻は10時過ぎ、伊波はまだ起きていた。料理の残り香と、バラエティ番組の声が聞こえる。

「お帰り」

 伊波は表情金一つ動かすことなく言い放つと俺から上弁当箱をひったくる。慣れたように台所へと行くと洗い始めた。

「ご飯は温めるから、先に風呂入ってきて」

「ああ」

 何も変わったことはない。普通にいつも通りだ。俺はいつ昼間の奴“105番”について聞こうか迷ったが、疲れからか脳みそが回らなくなっていた。

 風呂とメシが終わってから聞くことにしよう……。

「何かあったの?」

「……え?」

 伊波のことを見ると、彼女はこちらのこと見据えていた。

「普段と様子が違う。上司に何か言われたの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「同僚か?」

「違う」

 彼女の目線が段々ときつくなる。俺はどう言おうか迷っていた。会社でお前に似た奴にあった、と言うにしても絶対面倒ごとだ。俺には彼女の厄介ごとに関わる気はなかった。

「誰かが私を探していたの?」

 彼女は洗い物を中断し、リビングまで来た。真っ直ぐに俺を見据えると彼女は溜め息一つをこぼした。

「何か危害を加えられた?」

「いや、そういうことはされなかった。ただお前のことを知っている奴っぽくて」

  “105番”って誰だ?そう言うと目に見えて伊波の表情が変わった。

「……もう遅い、さっさと風呂に入れ」

「は?おい、それはないだろ」

「ちゃんと話すから、早くして」

 そういうと、伊波は台所へと戻って行ってしまった。

「何なんだよ……」

 これ以上は話してくれなさそうなので、俺は着替えを取りに自室へと戻った。

 部屋はカーテンが閉め切ったままで真っ暗だ。灯りをつけ、タンスから着替えを取り出す。プライバシーを守るため、最初の取り決めで伊波はこの部屋には入ってこない。もしかしたら俺のいない間に入っているかも知れないが、タンスの上に溜まったホコリや畳まれていない布団を見るに、律儀に守っているのだろう。

「そろそろ、掃除しないとな……」

 現実逃避だ。仕事で疲れるのはいつものことだが、家の中にまで持ち込まれるのはごめんだ。これなら同棲を持ちかけられた時に断っていれば良かったとさえ思う。(元は面倒な家事や料理をしてくれる事につられて了承したのはこの際棚に上げるが……)

 もしかしたら、出て行ってもらうかもしれない。その考えが頭を過るが直ぐに頭を振る。

 もしかしたら生き別れた姉妹とかの説がある。伊波が本名を話さないのは家出してきたのかもしれないし、俺に会ってきたのは探偵とかに調べさせて居場所を知ったのかもしれない。

 俺は働かない頭を使っては要らぬ予想ばかりを立てていた。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse +α

※この話は本編『CCC!!/Cat and Crow with Corpse』の番外編(没ネタ)になります。

 伊波の過去話という形をとっていますが、本編とは一切関係はありません

※結構書けたので供養です。別の世界線やパロディで使うかもしれません。

 

生きにくい、息しにくい

 自分の異常性を認識したのは割と早い頃だった。

 文字が読めない。

 話していることはわかっているが、文字が読めないのだ。ぼやけたり、滲んで見える。もちろん書くこともできない。相手が話している内容と文字が合わないのだ。

 そのことに気付いたのは4歳のころ。絵本を読み聞かせられても母がどこを見ているのかわからない。その頃の私は文字が読めないことに不便さを感じなかったが、幼稚園に通うようになってからは自分が周囲の子供と違うことが分かった。

 母に早く打ち明けたが、頑張れば読めるようになると言われただけだった。

 それから数年後には小学校に行くようになってからは更に大変だった。教科書は読めないし、板書もできない。そうなってくればいよいよ母も深刻に思ったのか、病院に連れて行くようになった。

 病院での診断は発達性ディスレクシア。先天的に文字の読み書きが困難な障害のことだ。母は難しい顔をしていた。病院から帰った時のことはよく覚えている。一緒にスーパーに行き、私の好きなお菓子とアイス、ジュースを買ってくれた。帰り道でアイスを食べた。母は私と手を繋いで歩いていた。

『気付いてあげられなくてごめんね』

 途中で母はそういうとそれから何も話さなくなった。

 

 次の日、母は私と一緒に学校に来てくれた。初めて校長室に入ったので緊張したが、母は私の手を握っていてくれたので怖くはなかった。母は校長と担任の先生に、私が文字の読み書きが難しい障害を抱えていると説明してくれた。学校での勉強は私にとって難しいので、授業中は録音させてほしいとも言ってくれた。

 先生たちは初めての事例なようで狼狽えることはあったが、その日から教卓の上には録音機が置かれるようになっていた。

 それから教科書や板書にも工夫をして授業中の問題は改善されていった。教科書は専用のものが見つからなかったのか、先生があらかじめ見やすいように音節ごとに区切ったプリントを作ってくれた。私も授業中は色ペンを多用した。登場人物ごとに色分けをしたり、文字の読み書きも少しづつではあるがわかるようになってきた。

 一番得意なのは算数と理科だった。算数は文字が重要ではなかったし、私は数字は理解できたので解くのは簡単だった。理科も実験内容を覚えれば答えるのは楽しかった。母は「貴女は頭が良いんだから将来は博士になれるかもね」と楽しそうに言っていた。

 テストの時間は私だけ別室だった。文字を読むのにまだ時間がかかるので、皆とは違う教室で行っていた。先生が問題を読み上げ、それに私が口頭で答える方法だった。

 国語の点数はあまりよくなかったが、他の教科はある程度は取れていたと思う。

「貴女は私の自慢の娘ね」

 母の口癖だ。皆から支えられ、家族から愛されて。私は幸せだった。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse④

 

 そもそも、俺たちはそんなに仲良くなかったな。

 

 腕時計で時間を知ると既に14時が近づいている。あの女、“105番”と言った女は謎だけを残していなくなっていった。胸のもやもやをしまいつつ空の弁当箱を回収して階段を下りていく。

 オフィスは昼休憩から戻ってきた人で賑わっていた。上司の席には本人が既に座っていた。自分の席に鍵付きで閉まった頼まれた書類を出す。最後にざっと見直すが枚数、誤字、文法、書式には誤りはなさそうだ。

 右手に携えながら上司の席に近づく。上司はラジオを聴きながらパソコンに向かっている。やっと仕事を始めたのだろう。

「お時間よろしいでしょうか」

 お伺いを立てると上司は右耳のイヤホンを外しただけだ。

「頼まれていた書類できました」

「ああ、どうもね。そこ置いてて」

 指さされたのは処理済みの書類置き場。そこに置くと上司はひらりと手を振るのみで目を合わせようとしない。確認せずに置くとはチェック体制甘すぎるだろ、と思うが言ったところでどうにもならない。確認はしたがもし間違いがあったら、怒られるのは俺なのにな。

 自分の席に戻ると隣の奴から声がかけられた。暮橋遥という男は俺の同僚で、年が近いこともあってこの職場の中では唯一気の置けるやつだ。

「天才様は大変だな。皆から書類押し付けられて」

 そう笑いながら揶揄するが目線はパソコンから離さずに文字を打ち込み続けている。

 俺と同じようにこいつも誰かから書類の処理を押し付けられたのだろう。机の上には未処理の束がある。

「お前こそ押し付けられたのか」

「まあね。あのお局様、断ったら超コエ―の」

 お局様こと矢島清香。彼女はこのオフィスの中で一番発言力のある人だ。俺の糞上司だって逆らえない。そもそも彼女は本社から来た所謂本社組のエリート。本来ならここにいるはずがないのだが、本社で何かやらかして左遷されたと専らの噂だ。

「目をつけられんなよ」

「頼まれている時点で無理じゃね?」

 暮橋は顔だけ見れば美形の部類に入る。だがその顔は寝不足や偏った食事で色が悪いが。前々から矢島さんから書類を頼まれることはあったが、最近では毎週のように頼まれているように思う。

「それもそうだな」

 矢島さんは外回りだが、やるのは大手との取引だけで中小企業は他の人間に任せてる。ただ、手柄だけは取っていくのはお決まりだった。

「でも、お前の方が大変だろ、それ」

 暮橋が指すのはまだ机の上にある書類の山。朝よりはだいぶ減ったがそれでもまだある。

「別に、いつものことだろ」

「さすが天才様」

「それやめろ」

 天才様、暮橋は時々俺のことをそう呼ぶ。曰く、仕事を終わらせるのが天才的に早い、とのことだが、俺にとっては不本意極まりない呼び方だ。俺が早く終わるのはただ単に慣れただけだ。仕事を押し付けられるのに慣れただけだ。

「お前もあと二年したら俺みたいになれるよ」

「それは勘弁だなー……」

 暮橋は苦々しく言った。

 彼との会話はそこで終わった。俺も椅子に深く腰掛けパソコンを立ち上げる。残りの書類は17時までと目途をつける。それまでに終わらなかったらそれまでだ。締め切りまではまだ時間がある。どうせ明日も何か押し付けられるんだ。諦めて目の前の仕事に集中する。

 それから仕事が終わったのは21時過ぎだった。オフィス内の社員はみんな帰ってしまっていた。もちろん、隣の暮橋もいない。たしか途中で帰るといわれた気がしなくもないな。

 押し付けられた書類は押し付けた奴の机の上に置き、最後の一人なので戸締りの確認をする。

「お疲れさまでした」

 誰もいないオフィスにそう声をかけると照明を消していく。真っ暗になったオフィスを確認すると閑野は1階まで下りていく。終電まではまだまだ時間があるのでゆっくりで大丈夫だ。

 伊波が言うには今日の夕食は肉らしい。外食をしてくるなと言われていたのでその通りにする。遅い昼食をとってから何も口にしていなかったので腹からは切ない音が鳴る。俺はゆっくりだった歩みを早めると電車に乗り込む。

 “105番”

 昼休みに言われた言葉、伊波と瓜二つの顔と声、伊波の名前を知らないようだったが何か知っているような口ぶりに胸がざわついた。

「帰ったら何て言えば……」

 どう切り出せばいいのかを考えながら、俺は電車に揺られ帰路に就いた。

CCC!!/Cat and Crow with Corpse③

 

 俺に知られたくない事があるように、彼女にもあるのかもしれない。

 

 黙々と食べ続けるが量は少ないので直ぐに食べ終わる。弁当箱をしまい、時間を確認すると食べ始めてから10分もかかっていなかった。身に沁みついた早食い癖は中々治らない。

 腕を上げ体の筋を伸ばすとバキバキと関節が鳴る。連日のデスク作業で肩と腰は固くなっている。凝りを解すように揉むが意味はない。

「終わったかい?」

 上からかけられた言葉に驚く。

「お前……」

 振り返ると入り口の棟の上にいたのは見覚えのある女がいる。

「伊波?」

「残念だけど違うよー」

 女は手を振ると下に降りてくる。逆光で分からなかったが、女は伊波ではなかった。

 伊波は黒髪で腰まで届くストレートヘアだが、この女は黒髪ではあるが肩で切り揃えられているし青のメッシュが入っている。急激なイメチェンかもしれないがそれにしても変わりすぎだ。それに、女の雰囲気は伊波と違った。

「お前、誰だ?」

「アンタの知ってる女と同じだよ」

 声と顔は伊波とそっくり、いや、同じだ。女は上着から棒付き飴を取り出すと包装紙を床に捨てる。紙は風に流されて見えなくなっていった。

「伊波じゃないだろ」

「イナミ?」

 女は訝しげに顔を歪めると飴を口にくわえる。歯にあたる音が聞こえるほどに近づいて来た女は俺の顔をじっくりと見る。

「あいつ、こんなのがタイプなのかよ。意味わかんねーな」

「何なんだよ、お前」

 女はひとしきり俺の顔を見ると満足したのか後ろに下がる。

「そのイナミってやつに言えばわかるよ。私は105番だからわかんじゃないのか?」

「105番?」

「じゃあねー」

 何の番号だとか、伊波との関係とか、どうして同じ顔と声なのかとか、聴きたいことはたくさんあったが、女は入り口から手を振りながら姿を消す。

 直ぐに追いかけたが階段には誰もいなかった。

「何なんだよあいつ……」

CCC!!/Cat and Crow with Corpse②

 
  よくよく考えてみたら、今の状況って普通じゃないのかもしれない。
 
 満員電車に揺られて揉みくちゃにされた後、ようやく着いた勤め先。自分の席に着けば昨日はなかった書類の束、束、束……。一番上の内容を見てみれば上司の名前。一番下には鉛筆で走り書きがされている。
『14時までよろしく』
 よろしくじゃねぇよ。思わず紙束を破り捨てたくなったが、奥歯を噛み締めながら堪える。ちらりと上司を盗み見れば、笑いながら電話をしている。手元には新聞、机には何も積まれていない。14時までなら自分でやれよ……。
 文句を言っても改善されないことは目に見えているので大人しく書類に手を伸ばす。
 締め切り時間とどのくらい時間がかかりそうなのか予想を立てて振り分けていく。ほとんど直ぐには終わらないものばかりだ。面倒なものほど押し付けられる気がする。
 振り分けしたのなら手を付けていく。納品書と計画書類の束は中々減ることはないが、それでもやり続ければようやく机の天板が見えるくらいには片付いた。時間を見れば13時を過ぎている。上司から押し付けられた書類はとうに終わっている。後は上司に渡せば終了だ。だが、肝心の上司は一足早い休憩から帰っていないのか、席には上着のみを残して誰もいない。このまま机の上に置いておくのもいいが、万が一のことがある。戻ってきたら渡そう。
 俺は少し遅いが昼飯にすることにした。伊波が作ってくれた弁当を持ち、席を離れる。目指すのはいつも行く屋上だ。
 
 この会社は1階がエントランスと警備室、2階から各部署に分かれていて、俺がいる営業部は3階にある。営業部の中でも外回り班と企画班等に分かれているが俺は後者だ。企画班と言っても人数は少なく外回り班の雑用みたいなものだ。俺は専ら外回り班が使う資料やプレゼン原稿、契約書の作成から経費をまとめて経理に出したり、クレームが来た時の対応など、みんながやりたくないことばっかりやらされている。
 大きなため息を吐きながら階段を上る。いつもと同じように仕事を押し付けられ、日中のほとんどをそれに費やす。自分の仕事は日が沈んでからになりそうだ。
 屋上には誰もいないのか静かだ。吹き抜ける風はまだ生暖かい。ここには緑化計画で植えられた植物があるがそれからは数か月に1度ペースでしか整理されていないので雑草やら蜘蛛の巣が放置されている。その為こここに来る人はあまりいない。
 その中でも穴場なのは入り口から陰になっている植え込み傍のベンチ。日陰になっているのでこの場所だけは涼しい。そのベンチに腰掛け伊波が作った弁当を開ける。1段目にはごま塩が振りかけられた白米だ。2段目にはサバの味噌煮と茹でたぶブロッコリー、串にささった肉団子、金平牛蒡が入っている。
「いただきます」
 箸を持ち、ご飯を食べる。時間が経っているので冷えているがそれでも美味しい。相変わらず薄味だが。